れ入りことば=レタスことば:いずれ可能形はすべて「れる」終わりに収束?

れ入り言葉というのを前に書きました。
井上史雄(2003)の「日本語は年速1キロで動く」(講談社選書1672)を見たら書いてありました。
しかし、レタスことばと呼んでいました。

それによると、「飲める」「聞ける」「読めない」「書けたら」
「目立たない形で今東京に広がりつつある言い方の一つ」だそうです。

2002年にある民法のワイド番組で取り上げられ、そのときに歯医者さんの
診察室と受付に隠しカメラを置いてお医者さんと受付の人が使うのをとらえていたそうです。

その前にも使われていたようで、「方言文法全国地図」で1910年前後生まれの人を
調べたら長野、高知、岡山、大分で使われていて、その後1983年の調査では
1940年代前後生まれの人、1970年前後生まれの人ともに「飲める」を言うという人の分布が結構全国に広がっています。

ちなみにこの「レタスことば」を命名したのは青山融(1998)で「岡山弁JAGA!」という本の中の
ことだったようです。
見れれん、遊べれん、なんと、余計な「れ」が入っているではありませんか。岡山弁は「ら抜きことば」であると同時に「れ足す言葉」でもあったのです


井上史雄の解説によると、
らぬきと同様に1段動詞(るVerb)、5段動詞(うVerb)の区別をなくす統合するための
単純化の一部だそうです。

まず、1段動詞のらぬきで、「見る」→「見れる」 「食べる」→「食べれる」にします。

5段動詞は可能形が、「行く」→「行ける」となっています。
5段動詞の中には「ら行」のものもあるので、
  「切る」→「切れる」、「やる」→「やれる」、「走る」→「走れる」という具合にもともと「れる」で終ります。

さらに、5段動詞の他の行のも「れ」を入れて、レタス言葉にすると、
  「行く」→「行ける」→「行けれる」
  「飲む」→「飲める」→「飲めれる」
となります。

これで、全部「れる」で終わることになるというわけです。

でもそうするとだいぶ変わりますねぇ。
「ら抜き」は今でも教科書のなかでふれているものもありますが、
まだ正しい形として認められてはいません。

今から100年後の日本語の教科書はどうなっているのか見てみたい気もします。

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この記事へのコメント

トニー
2005年09月01日 03:00
レタス言葉ですか~見慣れない聞き慣れないから、僕には凄く違和感がありますね。文法的に単純化、統合したくなるほど日本語は複雑で難しいのでしょうか?と思いました。教科書に載るのもどうかと思いますが、レタス言葉で喋れ!と言われるとキツイなぁ~、まさに「喋れれない」。
 だって見慣れないせいかもしれませんが、ヒロシさんのブログを読んでてもバカボンに出てくる「レレレのおじさん」が出てきそうな感じがしますもん。
言えれない、話せれない、喋れれない~、意味が解られにくい~(笑)

2005年09月01日 10:56
>トニーさん
私も違和感あるんですが、広がるかもしれない恐れがあるようです。でもまだまだら抜きには及ばないと思いますけどね。レレレのおじさん懐かしいですね。
しおかぜ
2005年09月01日 13:30
ら抜きことばのように、語はどんどん短くなる一方かと思っていたのですが、違うんですね。言語経済の原則に反する傾向が広がるのも不思議です。
ただ、語の短縮化もやはり進行していて、私の周辺の若い人たちは、「お湯、まだ沸かんの?」など、否定の「ない」を「ん」ですます傾向が強いです。
2005年09月01日 20:55
>しおかぜさん
そうですね。たしかに経済原則に反していますね。でも本当にそうなるかはまだわかりませんけどね。語中音添加[挿入](Epenthesis)という現象(はる+あめ=はる+s+あめ=はるさめ)もありますが、こっちは音声学的なものかな。
おい
2005年09月01日 22:06
これ面白いです~!ちょっと前の記事では、一部の地域の方言かと思っていましたが、全国的にだんだん広がってきているのですね。
この前の記事を読んで、内省してみて、私は地元で方言で話す時には使っていることに気づきましたし、こっそり周りの人の会話を聞いたら本当に「行けれん」って言ってました。あれ?今「行けれん」って一発で漢字変換できました。それに先日、東京でも一度聞きました。
「喋れれん」???しかしこれは(私にも)ちょっと違和感。言うなら「喋られん」かな。
2005年09月02日 10:57
>おいさん
んー、どうやらそうらしいです。特にら抜きが進んだ地域かられ入りが広がったように書いてありました。「行けれん」一発変換ですか。いまもう一人広島出身のネイティブの方に聞いたところ「行かれん」と言ってましたがNY在住数十年の方ですので、そのあたりでちょっと違うかもしれません。
2005年09月04日 22:28
初めまして。トニーさんのブログから飛んできました、広島人の卯月と申します。
「行かれん」が広島弁としては正統派だと思いますが、「若者言葉」として「レタス言葉」が広島弁にも波及しているのでしょう。「行けれん」も使われていますし、わたしも使っているなあと思います。でも「選べれる」「飲めれる」はわたしは言わないですね~。
2005年09月05日 10:46
>卯月さん
コメント有難うございます。
「行けれん」やっぱりあるんですねぇ。「選べれる」は歌詞にするぐらいなので、結構使われているのかと勝手に想像していたのですが、そうでもないようで、いろいろ進行中というのがわかり、大変興味深いです。
2005年12月15日 15:30
はじめまして。
といっても、時々記事を拝見させていただいてましたが。
今、「行けれん」を調べてたら、ここに辿り着きました。
結婚して岡山に来たのですが、ここらの人は「行けれん」
と言います。
最初その言葉を耳にしたのは井戸端会議。
私と同じくらいの歳の奥様が使われてました。
よくよく聞くと、うちの旦那も使ってる!
私は「行かれん」と言うし「行けれん」は文法的におかしい!と思いました。
「許せれん」と言う人がいたけど、その類の若者(といえるのかどうか・・・)言葉かと思いました。
でも年配の方も使われるんですよね。
ということで、方言なのかとも考えました。
というのも、この土地で「行かれん」という人に出会ったことが
ないからです。
旦那の内省では「駄目」という意の「いけん」と
「行くことができない」意の「行けん」を区別するためだとか。
私は「レタス言葉」は、「レ」を足すことで、意味を強める働きがあるような気がします。「選べる」というより、「選べれる」のほうが語気が強まるような・・・。
2005年12月16日 16:00
>みーこさん
こちらこそ初めまして。「行けれん」言うんですね。「いけん」が「(-)してはいけない」の意味で使われるのと区別するためというのも説得力がありますね。他の動詞の場合はどうなのかさらに気になります。そして強調というか語気を強めるのに使われるってのもあるでしょうね。この間東海地方出身でこのレタスがないはず(?)の人が、レタスを使ってて、何か強調して言っている印象を受けました。
2005年12月16日 22:00
ちなみに、「レタス言葉」なるものを知る前は、もともとは「行かれん」だったものが「行かれん」の「か」に後続する「れ」の母音である[e]につられて「け」に変化したと推測していました。
2005年12月18日 12:28
>みーこさん
うーん、言われてみれば「行かれる→行けれる」なのか「行ける→行けれる」なのかわからなくなりますね。。。。。

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