もっと学ぼうニッポン:ブログ時代の日本語学習

アクセスカウンタ

zoom RSS バスに乗ってあせった話

<<   作成日時 : 2007/07/21 09:47   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 12

「ん、なんか、違うかな」と一瞬思った。

定期を見せて乗車するときに見た運転手のすわり方が、いつも見るような運転手さんのように普通に椅子に座って前を向いていないのだ。こちらにはほとんど背中を向けながら、シートにもたれかかり、「なんだよ、小銭やバスカードじゃねーのかよ。定期だと機械通すわけにいかねーから、こっちゃー、目で見て確認しなくちゃなんねーんだよなぁ、おい。」と言わんばかりにチラッとずいぶんかったるそうな動作で定期を見やったのだ。

「はて、単にお疲れか、あるいはちょっと変わった人なのか」
そんな疑問も、講師室から一直線に早歩きでなんとか間に合った安堵感のほうが強かったので、「ま、間に合ったからいいや」と思いつつ、バスの中ほどの席に腰を下ろした。

ふと外を見ると、本務校からの唯一の留学生が精巧な機械のように規則正しいリズムでバスの横を駆け抜けて行った。彼は陸上(400メートルだったかな)の選手で、こうして日本に留学中も欠かさず走っているのだった。見慣れているはずのスクールカラーの薄いブルーは、なんだかそのままNYの空につながっているような不思議な懐かしさがあった。

彼の姿が見えなくなると、おもむろにドアが閉まり、バスは定刻どおりに大学の停留所を後にした。大学の正門まで続く並木道をバスはゆったりと進んで行った。

途中でその留学生を追い越して、もう一度私がその薄いブルーに感傷していると、予期せぬことが起こった。

「いやー、あのう黒人ってのは、早いねー。やっぱり、持って生まれたもんが違うんだねー」
バスの運転手が話しかけてきたのである。私はバス中央の降り口ドア付近に座っており、前から5メートルぐらい離れていた。なのに、そのおっちゃんは車内放送というか、マイクを使って話しかけてきたのだ。

一瞬、誰に話しかけたのか理解できなかった。心の中で周りを見渡したが、そもそも車内には自分しかいない。答える義務を帯びているのは自分だけだ。「ていうか、バスの車内放送で個人的に呼びかけられたことってあったかな。しかし、こんなのありか?タクシーじゃあるまいし」

「いや、でもここで何も言わなかったら、気まずい雰囲気がこのバス中に充満しちまうぞ」とあせりつつ、適当に返事をしようとなかなか出ない声を振り絞った。

「え、そうですね」
すると、おっちゃん運転手は気をよくしたのか、さらにトークを続けた。ちょっとその内容はわが本務校の留学生の人種を取り上げ、しょうもない飲み屋のおじさんのような無邪気な気さくさのなかにも、政治的に正しいかどうか微妙なトークだった。

おっちゃんの話は続いた。黒人はなんとか、かんとかと言っている。不本意ながら適当に話を合わせているうちに、なんだか話は盛り上がりそうな雰囲気だった。

「いいのか、このままで?いっそ、『いや、あのそういう人種について、そういういい方をするのはどうかと思います』というべきだ。春学期に彼を教えていたO先生からも、よろしくって言われていたし。それに、そんな風に反論したら、このおっちゃんは黙ってくれるかな」とも思った。

しかし、その一方で、このバスは駅までたいてい15分はかかる。そんなに長く会話についていかなければならないかと思っただけでとため息が出そうだった。

しかたがないので、腹をくくって、お話にあわせて大きな声で、タクシー運転手との会話のような不思議なバスの会話を続けることにした。その間にも信号待ちなんかで、その留学生を追い抜いたり、追い抜かれたり、そのたびにおっちゃんは「いやー、しかし早いねー」などとこっちに振ってくる。

話をあわせつつ、なかなか進まない道を走っていると、最初の停留所に着いた。「そうだ、駅までバス停で人が乗らないわけないんだった」と気がついた。

バス亭には結構人が並んでいる。ドアが開いた。
「乗ってくれ、お願いだ。乗ってくれ、みんな!」心のなかで叫んで、祈った。

「やった!」
一人、二人、バスに次々乗ってくる。

「いいぞ」

一挙に6,7人増えた。

「こんなにいたら、おっちゃんももう話しかけてこられないだろう」という思い込みをかみ締めながら、しばらく待った。乗り込んで来た親愛なる新しい乗客たちの中には、大学生の友だち同士のような人が数名いて、結構大きな声で話してくれている。いい感じに車内には、騒音があふれ、私をガードしてくれていた。

という間に次のバス亭だ。もっと乗ってくる。
「よし、もう大丈夫だ」

ホッとしながら、外の暮れてゆく街並みを眺めた。また完全に暗くはなっていない空の下、コンビニの明かりさえきれいに見えた。

駅に着く頃には、すっかりあのタクシー内の会話をしたことなど嘘のようだった。

「でもあんなに嫌がったのは、おっちゃんに悪かったかな。」
と一抹の反省を抱えて、バスの降り口の階段を下りるときに、運ちゃんの方を見てみたが、他の乗客にさえぎられて、おっちゃんはもう見えなかった。

「ありがとう、おっちゃん。
お疲れさん」
とつぶやきながら、JRの改札口へ向かう人の波に乗った。

<おしまい>

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
 なんだか変な気疲れしちゃいましたね。お疲れさまでした(^^ゞ。
遊哉
2007/07/21 11:25
おっちゃん、誰かと話したかったのでしょうかね。
でもマイクで話しかけてくるなんて・・・ありえませんよね(^^;
おっちゃんの話に合わせるの、辛かったでしょうね。
私もたま〜に知らない人にとっ捕まって、聞きたくもない話を一方的に聞かされることがあるので、わかります。
「早く開放してくれ〜!!」と思います。
ヒロシさん、お疲れ様でした(^^;
みーこ
2007/07/21 11:49
タクシーでも時々、「なんで客のはずのワタシがこんなに気を遣ってしゃべらにゃならんのだ」って思う会話をすることがあります…でもバスで、っていうのは珍しいですねえ。

そういえば昔、沖縄で巨大なリムジンバスに2時間乗ってて自分だけが乗客(汗)っていう経験をしたことがありますけど、会話はナシでした。
シーラカンス
2007/07/22 14:07
付き合ってあげるってえらいですね。私ならさっさとiPod聞くなあ。
yukki
URL
2007/07/22 15:47
ブログ「だから日本語教師はやめられない」を管理・運営しております、別府大学の篠崎です。


平素は、貴サイトにて弊サイトをご紹介いただき、誠にありがとうございます。


こちらも下記サイトにてリンクさせていただいております。
http://blog.livedoor.jp/dai7kampu/archives/cat_10025681.html


さて、この度は私が運営する下記2サイトを新たにリンクしていただきた
いと思い、メールさせていただきました。


サイト名:日本語教師篠崎大司研究室
URL :http://www.kanjifumi.jp/

サイト名:日本語教師リンク集
URL :http://blog.livedoor.jp/dai7kampu/

日本語教師という仕事をより多くの方に知っていただきたいと思い、開設した次第です。


大変不躾なお願いではなはだ恐縮ですが、何卒よろしくお願いいたします。


貴サイトのますますのご発展を心よりお祈り申し上げます。
kanjifumi
URL
2007/07/23 14:28
>遊哉さん
ほんと、一瞬困っちゃったんですよね。でも、バスの運ちゃんも悪気はなかったと思うんですがね。
ヒロシ
2007/07/23 17:58
>みーこさん
ほんとですよねー、ありえないですよね。みーこさんの場合は、みなさん人柄を見て話を聞いてもらいたいと思うんじゃないかと思うんですが、私の場合は別に誰でもよかったんじゃないかと思います。でも思ったより、早く開放されて、そんなに一人で大騒ぎして悪かったかなとふと思いました。
ヒロシ
2007/07/23 20:43
>シーラカンスさん
>巨大なリムジンバスに2時間乗ってて
>自分だけが乗客(汗)っていう経験をした
>ことがありますけど、会話はナシでした。
うわー、それもすごいですね。それはかなり長いというか、乗った瞬間焦ったでしょうね。
ヒロシ
2007/07/23 20:48
>yukkiさん
>私ならさっさとiPod聞くなあ。
ていうか、私まだiPodもっとらんのですわ(汗)。
ヒロシ
2007/07/23 20:50
短編小説を読んでいる感じがしました。
バスの運転士さんにはヒロシさんの心の中まで見えないので、相手をしてもらったことでとてもうれしかったと思います。ヒロシさんも、実は話しかけやすいキャラなのではでは?
スー
2007/07/24 11:01
>スーさん
コメントありがとうございます。

話しかけやすいキャラ、ですかねー。頼みやすいキャラというのは言われたことがありますが。。。

ヒロシ
2007/07/27 12:14
>篠崎大司様
お返事遅れてすみません。当ブログでは、リンクはBlogpeopleを通して更新通知可能なブログのみをリンクしておりますので、残念ですが、ブログ以外のサイトにはリンクを張っておりません。http://kanjifumi.seesaa.net/のほうは引き続き張らせていただいておりますので、そちらのほうだけでご了承ください。
ヒロシ
2007/08/01 09:05

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
バスに乗ってあせった話 もっと学ぼうニッポン:ブログ時代の日本語学習/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる