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zoom RSS 時候の挨拶っていつから?

<<   作成日時 : 2006/03/09 20:46   >>

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手紙の書き方の本には時候の挨拶を書くことと書いてあります。でも、そんな季節に対する言及を手紙の中ですることが形式化されたのはいったいいつからなのでしょうか?なんとなく雰囲気としては日本人は季節の移り変わりに敏感でとか、俳句の季語のように昔から自然に対する感覚が鋭くてとか、そんな説明が浮かびますが「伝統的だ」と思えることが実は近代に始まったってことが時々あるので、これもその一つかなと思ったりもします。

この疑問を数年前、与謝蕪村の研究者に聞いてみました。すると、以外にも彼ら俳人同士が交換した手紙の冒頭部分には、時候の挨拶などなく、みんな結構ストレートに用件に入っているというのです。相手との関係によって、親しかったら形式ばらないということあるんでしょうね。

それから、同じ時候の挨拶でも決まりきったものよりも、もっとナマの生きている表現のほうが好きですね。形式として凍ってしまったものは、今の時期なら「早春の候」とかいうんでしょうが、そういうのよりも「ここ二三日の陽気で桜のつぼみも膨らんできました」とかそんなのを読むと、「あー日本人でよかったー」と思わずにはいられません。でも、これって本当にいつからなんでしょうね。なんとなくずっと昔からしてきたと信じたい気になります。幻想としての伝統かもしれないんですが。。。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
先日、TV番組『竜馬の黒幕』をみていたら、江戸時代末期の郵便料金は、現在に換算するとものすごく高かった(数十万円だったかな)と言っておりました。庶民にはそうそう、飛脚を使った手紙なんて書けなかったってことですね。
そう考えてみると、時候の挨拶もやっぱり明治以降のお作法なのではないでしょうか。
ひろくま
2006/03/09 22:14
確かに決まり文句が書いてあると、ちょっとビジネスライクな感じがしてイヤですね。

ところで私も時候の挨拶の起源が気になったので、ググってみました。<a ref="http://www.kinet-tv.ne.jp/~sat/data/nihongogaku/nihongogaku-v09.html#V09N08" target="_blank">『日本語学』vol. 9 No. 8</a>で「手紙のことば」っていう特集やってました。もしかしたら何か載っているかもしれませんね。
yukki
URL
2006/03/09 23:03
>ひろくまさん
飛脚は高かったんですねー。それを聞くと佐川急便のロゴの見方が変わりますね。それから、時候の挨拶もやっぱり明治からでしょうね。飛脚じゃなくても、そんなにしょっちゅう手紙なんて書いていられなかったはずですよね。

>yukkiさん
どもどもわざわざ調べていただきすみません。
さっそく倉庫から送ってもらうようにリクエストを出しました。
ヒロシ
2006/03/10 00:11
時候の挨拶はいつ頃からか。
これはそれ以前に「書き文字」と「話し言葉」は日本語では異なるということを前提にしないといけないのでは?
明治期には「時候の挨拶」といわず、「口上」とよんでいました。「新緑の候益々盛り…」といったものです。口上は江戸時代からあるものです。この口上を「口上書」というものが明治中期に石川鴻斎という人物が「往復端書女用文章」というタイトルで出版しています。葉書の書き方を記したものです。でも、これは女性用だったので、平仮名を多用した文章です。男性用というか、オフィシャルな手紙では漢文ができないと、書けないものでした。そうそう、そもそも手紙も含め、明治初期まで文章には句読点はありません。たとえば、樋口一葉の小説には、句読点がありません。おそらく、当時の手紙にも句読点はなく、改行で文章の区切りをつけたのでしょう。
とりあえず、
アルスとロゴス
URL
2006/03/21 02:55
>アルスとロゴスさん
初めまして。確かに書き言葉と話し言葉を分けて考えないといけませんね。「口上」ですか。初めて聞きました。勉強になります。今度探してみたいと思います。
ヒロシ
2006/03/21 21:10

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