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zoom RSS 米国文化で「謙虚」は「高慢」に負けるか

<<   作成日時 : 2006/01/26 22:47   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 7

エイジさんが「落ち目の法則」の記事で、こんなことをおっしゃっていました。少々長いですが、引用させてもらいます。

「高慢」というのは、調子が良いばかりでなく普通の状態でも、知らず知らず自分の心に巣くうらしく、無意識に高慢になってしまう。また、高慢にならないように生きる というのは凄く厄介なことなのである。高慢に見られないように生きると、大抵は卑屈に見えるようになるか物事に消極的になる。
精神衛生上も宜しくないのである。

では、どうすればいいのか?

高慢の反対語は、謙虚であるから、「謙虚」になればいいのである。
常に謙虚に生きれば安心して生きられる筈である。

では謙虚とは何か?

へりくだってペコペコするのが謙虚ではない。
人目を気にして、消極的になるのが謙虚ではない。
それは卑屈な怠慢である。
そこで 私の定義は、「どんな時でも一生懸命やることが謙虚である」と思っている。
雨の日も晴れの日も、調子が良くても得意にならず、自慢せず、調子が悪い時期でも失意に落ち込まず、自分や運命を卑下せず、常に一生懸命にやること。


それが謙虚であると考え、さらに「得意な時期」の人にとっては「落ち目」にならない生き方であり
「失意な時期」の人にとっては「開運」に繋がる生き方であると思う次第である。


この記事のコメント欄でスーさん
でも、この謙虚さってやはり日本人ならではなんでしょうか?
例えばアメリカでは「謙虚」だとやられちゃって「高慢」が生き残りそう。

と言っていました。

さて、「謙虚」だとやられてしまって、「高慢」が生き残るかどうかということですが、なかなか難しい問題ですね。

私はアメリカ文化の価値観で高く評価されるのは、自尊心(高慢そのものじゃありません)で、それは謙虚にも通じるものがあると思います。

まず、高慢ってなんでしょうか。
自分が優れていると思って、他をあなどる・こと(さま)。 (大辞林国語辞典)
自分の才能・地位などを鼻にかけて、思い上がった行動をする様子。(新明解国語辞典)

と辞書にあります。そんな人がアメリカにいるかというとそれはいます。
日本にもいるし、これはかなり普遍的な人間の弱さのようにも思われます。

私なりに高慢の仕組みを考えると
高慢=(自信/劣等感+他人を卑下する気持ち)×表出

劣等感と表裏一体になってしまっている自信と他人を卑下する・見下す気持ちがあり、それが表出することが「高慢」というわけです。

つまり、自信は高慢の一部に含まれているのではないかと思いますが、高慢そのものではありません。劣等感は他者との比較によって成り立つものですが、他者との比較を想定しないもの、それを自尊心と呼びたいと思います。

自尊心とは、「ありのまま自分をみずから受け入れ、大切にする心」だと思います。そこに他者との比較やその差からくる劣等感や、優越感はありません。また、自尊心は表に直接現れることを目指しません。その点高慢と違います。

それはホイットニー・ヒューストンのGreatest Love of All(1985)の精神です。
(なつかしい曲ですね。もう20年も前だなんて。。。)

さて、どうしてこの自尊心が謙虚に通じるかということですが、それは自尊心を得るのに必要な「ありのままの自分を見る、自己と向き合う」という点です。己を知れば、自然と謙虚になるのではないでしょうか。

アメリカでも「どんな時でも一生懸命やる」ことは日本と同じように高く評価されると思います。「調子が良くても得意にならず、自慢せず、調子が悪い時期でも失意に落ち込まず、自分や運命を卑下せず」たんたんとひたむきなこともそうでしょう。

そんなキャラクターはやっぱり共感を呼ぶんじゃないかと思います。

例えば、フォレスト・ガンプ 一期一会(1994)のフォレスト(トム・ハンクス)。
いまさらですが、英語のタイトルには「一期一会」ってのは入っていません。
しかし、フォレストはいつもひたむきで一生懸命だし、前向きです。
「茶会に臨む際は、その機会を一生に一度のものと心得て、主客ともに互いに誠意を尽くせ」とのお茶の教えのとおり、ベトナム戦争に行ったり、数々の試練にあってもそのときどきに誠意を尽くします。戦場では戦友を助け、帰国後は足をなくした失意の上官を助け、そのつもりがなくてたまたましたことが発明につながったり、事業の成功につながったりします。フォレストは生まれつき発達障害かなにかがあって、ちょっと「普通」じゃないんですが、それでくじけることはありません。成功してもあくまで謙虚です。

それから、一生懸命ってのは歯を食いしばって無理をするってことじゃないと思います。それでは長続きしません。息切れしてしまいます。ツライから良いということはありません。つらすぎたら、辞めたほうがいいです。つらいのは、自分の能力や許容範囲を超えているということでしょう。人間は恐ろしく環境に適応してしまいますが、無理してないか気をつけたほうがいいと思います。とにかく本当に一生懸命するには、たんたんと行けるペースを保つべきでしょう。

最後に、この映画からのセリフで、よく聞くのを引用します。

Momma always said life was like a box of chocolates.
画像
You never know what you're gonna get.
「ママは、いつも『人生はチョコレートの箱のようなもの。何があるかわからないのよ。』と言った」

人生はチョコのようにすばらしいってことですね。
そして、どんなことが待っているか食べてみなけりゃわからないってことですね。
さあ、それではぼちぼちまいりましょう。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。ときどきお邪魔して読ませてもらってます。

高慢は、英語ではarrogant, proud, self-conceited なんかが当てはまると思いますが、微妙に違うもののどれもネガティブな印象ですよね。

その中で、proud はアメリカでは悪いイメージだけど、日本語でプライドと言う場合、良い意味合いで使われることが多いように思います。

関連して"Pride and Prejudice"の翻訳は「高慢と偏見」と「自負と偏見」と二通り出ているようですが、自負だと良いイメージですよね。最近の映画版の日本語タイトルが「プライドと偏見」とされているのはよく分かりませんが。

謙虚はmodestやreservedになると思うけど、イメージ的には中立でしょうか。高慢に負けるかどうかは別として、目立たないとは思います。

あ、それからフォレスト・ガンプでは、"Stupid is, stupid does." っていうセリフがありますよね。よく分からないものの気に入ってます。
FH通信
URL
2006/01/27 02:52
ヒロシさん、解説ありがとうございました。
私のイメージ=アメリカ人は謝らない
から上記のようなコメントになってしまったのですが、アメリカの人も日本人と同じで高慢はダメなのね、ってわかりました。
そして、「己を知って、無理しない」
自然体でいいですね。ほっとします。
スー
2006/01/27 03:46
自尊心と高慢心は明らかに違いますよね
そして謙虚な心は自尊心と同居する筈です
だって自分が好きじゃなかったら努力する気持ちが起きないではない?

たとえば、日産の社長だったカルロスゴーンさんですけど、
コストカットを断行し、日産の建て直しに強烈なリーダーシップを発揮しましたが、日本人は誰もゴーンさんが高慢だと思っていません。
だけど自尊心の高い人であると思っています。そしてストイックな生活ぶりから謙虚な人である。とも考えているようです。
やはり、一生懸命な姿勢が味付を変えるんです(笑)

「人生はチョコレートの箱だ。なにがあるか分からない」って素敵な言葉ですね
人生を楽しむという意思が感じられて力が湧いてきます。
いろんなチョコがあって楽しいじゃないか!


エイジ
2006/01/27 12:31
>FH通信さん
おや、フォレストヒルズさん、読まれていたとは光栄です。お引越しされたんですね、前はたしかエキサイトブログでしたか。ちょっと雰囲気変わりましたね。・Stupid is as stupid does.って覚えていませんでしたが、そんなのもあったんですね。

>スーさん
私もそのイメージ強いです。ちょっと前の自動車保険のCMで、当事者同士が謝っていて「なに、アメリカ人があやまっとるやんけ、しかも事故のときは絶対ソーリー言わないっってみんな言ってたのに。。。。」と驚きました。日本に比べたら謝る確率はかなり低めですが、まっとうな人は必要なときには謝るようです。でも基本的に「自分についてネガティブなことは言わない・ポジティブなことを言う」という原則があるようで、そうすると常にうっすら自慢しているみたいでもあり、謙遜していないようでもあるんですよね。
ヒロシ
2006/01/27 15:46
>エイジさん
え、ゴーンさんって、もう社長ちゃうんですか?でも、自尊心があって、謙虚で、一生懸命な人の例として、納得です。
ヒロシ
2006/01/27 15:56
或るアジア系アメリカ人ミュージシャンの友人に、彼が出したCDを誉めるメールを送ったところ、「あれはもう過去の録音。今はもっと別のレベルまで到達しているよ」という短くシンプルな返事が来たことがあります。その自尊心あふれるメールが印象に残っています。

もし僕が彼だったら「ありがとう!これからも応援してね!」とニコニコして終わりだったでしょう。「謙虚」「謙譲」「慎み深さ」あるいは「自己卑下」までがそれなりに通用する日本と、自分で自分を信じ、売り込まないと生きられないアメリカ合衆国の社会の厳しさを感じました。

それから、上記のメールは私を震撼させたけど、同時に、「過去じゃなくて現在の俺を見てくれ!」と私に向かって彼が言っているようで、嬉しかったですね。

彼の名前はJon Jang. 中国名を鄭健良というピアニスト・作曲家です。
asianimprov
2006/01/28 14:21
>asianimprovさん
アーティストの場合は、想像するに創造と破壊を繰り返すというか常に自分のからを破って新しいものを作ろうとするからそういう心理になるのかなとも思いますが、日本語ならさすがにそこまでずばっと言わないかなと思いました。売り込みといえば、私も今学期に契約更新の審査があるんですが、そこであることないこといやないことは言えないですが、これまでこれやって今はこんなんしてますと売り込まなきゃいけないんですが、ちょっとしんどいです。
ヒロシ
2006/01/30 00:32

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