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zoom RSS よくできる学生、普通の学生にとっての日本語教師の役割

<<   作成日時 : 2005/11/17 02:05   >>

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私がTA(Teaching Assistant)として教え始めたのは、大学院の2年目の時でしたが、そのころは頭でっかちというか理論をかじっていても、教室で実際教える立場になって、どうしたらいいかあまりわかっていませんでした。

毎回のクラスをどうやって乗り切っていたのか今思うと不思議になるくらい頭がまっしろになりながら教えていました。そんな若葉マーク(今でもそんなに変わりませんが、もう少し度胸はついたかな)の自分が教えるクラスでもよくできる学生というのはいました。

「んー、すごい、この学生はよくできる。」と唸らせるような人がいました。

それで「自分の教え方がいいのかな」とは思いませんでしたが、その時の私にはその学生がどうしてよくできるかわかっていませんでした。

「こんな教え方をしていてもよくできるのはどうしてか」というのは「謎」と呼ぶにはあまりに単純なことでした。

「よくできる学生というのは誰が教えてもよくできる」ということです。

別に私がしょうもない授業をしようと「勘のいい学生」は勝手にどんどん学んで行くんです。
何が分からないか考えて、文法等のルールについて学習者が自ら仮説を立てて、「これは言えるか」とか「これはこのときも使えるか、どうしてか」などなど仮説を検証して、自分でどんどん発見していけるんですね。

もっとスゴイ人は質問ほとんどなしで、例文だけでさくさく頭に入っていってしまうような人も時々います。文法的な間違いも、一度指摘するだけで、その後はもうほとんど間違えません。

そんな人にとって教師の役割とは何か、考えさせられます。

とりあえず「ほっといても大丈夫」と決め付けてしまわないようにしています。やはりどんな学習者でもある程度励ましは必要だし、いつも完璧で間違わないわけではないし、質問があるはずだし、彼らの自己実現のために何かしら手伝えることがあるはず(と信じたい)からです。

できる学習者は教師からすれば「楽」でもありますが、それに甘えて、教師が自省しないようになってしまってもいけないとも思っています。言語は正確さだけではなく、流暢さも大切ですが、いずれにしても私は外国語学習に成功した学習者から何らかの形で、教師が学ぶことがあるはずだと思っています。

クラスの中にはそんなよくできる学生ばかりではなく、もう少し「普通」の人もいます。
実はその普通の学生こそ、教師のがんばりというか、あがきというか、もがき甲斐があるのかもしれません。教師の教え方次第で、「普通の」学習者は一番影響を受けるのかもしれないということです。
教師の責任重大ですね。(と勝手に自分に言い聞かせています)

そんな「普通の」学習者のために、「普通の」教師なりに今日も精進しようと思います。

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2005/12/13 17:13

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
ヒロシさんはいい先生ですね!
そんなに思ってくれる先生にいままで出会ったかな、って考えました。
今の子どもの担任の先生は頑張りに対して放置しているところがあるのが気になっています。良い先生にあたるかも運ですね。ヒロシさんはきっと人気のある先生なんでしょうね。
スー
2005/11/17 02:20
という事は…。私が英語苦手だったのは(今でも大変苦手…絶対遺伝+センスがないんだわんっ)、先生のせいにできないんだ!!(笑)
逆に、お世話になった先生方のお役に少しでも立ったんだろうか、そうならいいけど、とひたすら祈るばかりです。ほほほ。
etchan
2005/11/17 02:20
>スーさん
夜更かしさんですね。ご執筆中でしたか。どんな先生でもみんなそれぞれの状況の中で必死にやってると思います。私は語学の教師で、相手は主に大学生・大学院生なので生活指導やクラブ活動やそんなものはあまりしなくてもすんでいるし、クラスの人数はとても理想的な10人強なんである意味余裕があるんですよね。1年生のクラスで20人以上のも教えたことことがありましたが、はっきり言って一人当たりへの注意は減るし、最低限のことしかできなくなりますよね。人気のほうはフツーです。オンラインで学生が投稿する口コミサービスのようなものがあるんですが、そこでも「おすすめ」にはなってないけど、フツーって感じです。でも今学期のクラスはとても相性がよくて、教えやすくていいです。
ヒロシ
2005/11/17 07:26
>etchanさん
いやー、うまく行かなかったら先生のせいにしてもいいんじゃないかと思いますよ。それも先生の役割の一つかもしれないですから。というかうまく言えませんけど。。。
ヒロシ
2005/11/17 08:18
ヒロシさんも今日は午後フリーだったんですね。
そんなときは奥様のお手伝い(家事)とかもしてるのかしら。

>オンラインで学生が投稿する口コミサービス
↑ こんな恐ろしいものがあるんですか。
学生の立場に立ったらすごくいいですけど。
頑張って「オススメ」になってくださいね~(^◇^)/ 
スー
2005/11/17 08:47
やはり「できる人」と「普通の人」がいるんですねー。でもその「できる人」の「勘のよさ」や「どんどん自分で学んでいく」っていうのは、なんの違いなんでしょうかね?やっぱりIQが高いとか、もともとの性格・・・たとえば探究心や好奇心がすごく強いとか・・・。いつも「できる人」との違いを考えてしまいます。
ヒロシさんは本当にいい先生ですよね。日本語って日本人でもむずかしいと思うのに外国人に教えるのはかなり大変だと思います。私の友人で来年ロスへ行ってしまう子がいるんです。その子は外国人に日本語を教えたいそうで、今年赤ちゃんを産んだんですが、来年アメリカへ行ってもう一度大学で勉強して先生になるのが夢だそうです。その友人はロスなんですが、もっと近かったら是非その友人の力になってほしいなぁ〜なんて思ってしまいました。
aki
2005/11/17 15:58
ホント、良い先生ですね、ヒロシさん。
「できる人」はいますよね。様々な事の先を読んで自分なりに予想したりしてるんですね。受け入れ体勢ができているから余裕を持って吸収できるのかしら。

私は大学の時、どうしても眠くなってしまう先生がいた事を思い出しました…。
心地よい声と喋り調子で、どうしてもまぶたが重くなってしまうんです。
建築史を教えてくれてたのですが、なぜか前期の世界建築史はパルテノン神殿、後期の日本建築史は伊勢神宮のみを延々と講義してました。
ちゃんと聞いていればパルテノン神殿と伊勢神宮のスペシャリストになっていたかも。

「できる人」は生まれつきなんでしょうか?努力なんでしょうか?
potepote
2005/11/18 09:26
>スーさん
午後フリーじゃなかったですぅ。普通の日でした。オフィスから書いてました。家事はまあ、普通にしてます。。。あまり具体的に書くと愚痴ってるみたいなのでやめます。・その口コミのは大学公認で、まあ言論の自由があるし、いいんじゃないかと。でもお勧めになると、甘い考えの人が集まったりしてそれも困るかなと思ったりもしています。この口コミ版とは別に学期末に学校が正式に学生に書かせる評価表もあります。それを書かせるときは教室を退室しなくてはいけません。そして契約更新の審査の時に使われます。

>akiさん
違いはですねぇ。確かに法則性を見出す力ってのも必要ですが、時々法則が何かってはっきりいえないけど分かることもあるし、法則自体も進むにつれてどんどん変えなくてはいけなくて難しいですね。あとは耳のよさ、音がちゃんと取れるか。言われてすぐ(しかも正しく)繰り返せるか。そしてそれを保持できるかというか記憶の問題などなど。好奇心、探究心、動機などもありますよねー。
ヒロシ
2005/11/18 11:48
>akiさん(続き)
ご友人のお力になれるかわかりませんが、陰ながら応援しています。

>potepoteさん
眠くなる先生いますね。私も時々しゃべりすぎて寝むくさせているような気が、ただアメリカでは日本に比べるともっと学生がインターアクションを望んでいるというか、一方通行な講義に対しての抵抗感がありますね。・「できる人」は生まれつきと努力と両方です。できるはずだけどあまり努力しなくて結局成績に反映されない人も結構います。生まれつきかどうかに関わらず、努力はしなくちゃだめじゃないかと思います。
ヒロシ
2005/11/18 11:53
そうそう、よくできる学生って、ある程度どんな先生が教えてもよくできるんですよ!ほんとほんと。学生としての自分を振り返ってみても、自分が得意な教科では変な先生に担当されてもよくできていたし、逆に苦手な教科でも相性のいい先生に当たればがんばれたし。
むー。私が教師になることを考えたら、勉強があまり得意じゃない学生にも、やる気になってもらえる先生になりたいなあと思います。ヒロシ先生を目指して〜。
しかし、生徒からの教師評価はちょっと怖いですねえ。(^^;)そればかり気にして、学生に媚を売るようにならないように、肝に銘じておきます。
おい
2005/11/18 17:07
ホント、ヒロシさんは生徒さんそれぞれをよく理解されていて、すばらしい先生だと思います。
実は私、以前通訳をした関連会社の社長の息子さんに、明日から日本語のプライベートレッスンをすることになったんです。ここは田舎なので私の他に日本人なんていませんし、私で力になれるならと引き受けましたが、自分はプロの先生ではないのでちょっと心配です。私としては彼が「勘がよくて努力してくれる人」であることを願いたい心境です。とりあえず、初心者だそうなので「あいうえお」から教えるのがんばります。
ヒロシさん、行き詰ったら助けてください〜〜〜
Yukako
2005/11/19 01:38
>おいさん
「やる気になってもらえる先生」てのもいるはずですよね。私はちょっと自信ないですが、半分乗せられるっていうか、その気にさせちゃうような雰囲気の先生ってのはすごいなと思います。そんな先生に実際にお会いできたのはラッキーだったなぁと今思っています。。。

>Yukakoさん
おお、そうでしたか。ということはもう初めのレッスンがあったのでしょうね。イタリア語圏の教科書とかまったく分からないんですけど、面白そうですね。こんな私でも何かの役に立ちましたら幸いです。。。いきなりですが、「あいうえお」は書くことなので、発音の練習としてはちょっと微妙なものもあるのですが、まあたとえとしておっしゃってるんですよねぇ。いや、でも「あいうえお」もいいですね。
ヒロシ
2005/11/21 11:41

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