もっと学ぼうニッポン:ブログ時代の日本語学習

アクセスカウンタ

zoom RSS 日系人のルームメイト その4

<<   作成日時 : 2005/08/05 10:44   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 3

その1その2その3の続き。クリスはJACL(Japanese American Citizens League)という日系人の組織に入っていた。
アメリカの日系人が法律上の権利のために1929年に
立ち上げた市民団体である。

クリスがその団体のメンバーで、クリスマスパーティーがあるというので
行ってみた。

私はそのときジョージア州アトランタ(1996年に夏の
オリンピックがあったところです)に住んでいたのだが、
こんなところにそんなに日系人なんでいないだろうと
思っていた。

車で小1時間行ったとある日本食レストランにつくと、
結構人が来ていた。
「おお、こんなにいるのか」と思った。しかも
世代が4世代ぐらいにわたっているようだった。

パーティーの始めに、アイスブレーカー(最初の緊張を
溶かすのにする活動)としてビンゴのようなゲームをさせられた。

9つます目があって、一つ一つにいろいろな質問が書いてある。
たとえば、「犬を飼っている」「納豆がすきだ(いや、納豆をよく食べますかだったかな?)」
「富士山に行ったことがある」とかそんなことだ。

そして、部屋の中にいるひとにその質問をして、Yesだったら
その人の名前を書くことになっていた。一回に一人しか名前を
書いてはいけない。そしてどんどん次の人に質問して、できるだけ
9つあるます目を全部埋めるようにするのがゲームの目的である。

日系人の会とはいっても4世などもいるので、普通に英語で話していた。
私も場の雰囲気を確かめながら、質問をしあって回っていた。
そのうちあることに気がついた。私に質問に来る人はみんな
同じ質問をするのだ。

「Hi, 納豆がすきですか?」
「はい。」
「やったー。お名前は?」
「あ、ヒロシ(うそうそ)です。」

そんな調子だ。どうやら、みんなこの納豆質問がYesの人がいなくて困っていたが
あの人は納豆質問はYesだよという噂がたってみんな私のところに来るようだった。

そのうち一人有名人にあった。今は会社を興したそうだが、
当時まだCNNのキャスターをしていたサチ・コトだった。
「テレビでいつも見てます」といいたかったが、なんとなくひるんで言えなかった。

でも何か大物のオーラがあった。
サチさんと、息子さんにも納豆質問をされた。
今まで有名な人を「見た」ことはあっても会話したことなどないが、
それにしても「納豆すきですか」ってのをわざわざしたことなどない。

さて、みんなアイスブレークが終って、各自テーブルに座って
食事が始まった。あまり何を食べたかは覚えていないが
和やかに「ご歓談」していたと思う。

すこしして一人ずつ全体に自己紹介をする段になった。
テーブルごとに回ってきた。

「げ、みんなの前で英語で話すのか。気が重いな」
たかが自己紹介なのに私は早くも緊張し始めた。

みんな名前、どこに住んでいるか(住所)、何をしているか(職業)などを
言っている。そのうち一つ、自分の場合はどう言ったらいいかわからない
項目があった。

みんな何世かいうのだ。
Issei、Nisei、Sansei、Yonseiなどその部分だけはなぜか
日本語(というか英語化した日本語)だった。

みんな何の迷いも無く、Niseiだの、Yonnseiだの言っている。

どうしよう。。。

もしIsseiだと言ったら、永住するつもりですと宣言したことになるし、
私はNikkeiじゃないくて日本人ですというと一人で
無駄な抵抗をして、なおかつ場を盛り下げてしまって申し訳ないような気がした。

私の番が回ってきた。
名前を言って、どこに住んでいるか言って、仕事を言った。
会場から、おー、今度日本語教えてくださいと冗談で言われた。

何世か。やはり、正直に「自分は日本人ですが、一世というわけではないんです。
一生ここにいるつもりはないし。。。すみません」とかなんとか言って
適当にごまかした。
ふーっぅ。

でもあとで考えてみると、もしかしたら本当の一世の人は
同じように日本に帰るつもりで来た人もいるのかなと思った。

故郷を捨てて来た人もいるかもしれないけど、
この土地に骨をうずめる覚悟でというよりは、一旗あげるか
一稼ぎしたら帰りたいという出稼ぎ意識で来て
そのうちいろいろな事情でやむを得ず
帰れなくなってしまった人もいるのではないかと
思い始めたのだ。

もしそれが本当だとすると、
気軽にとはいえないがその気になれば、
いつでも飛行機に乗ることができて、
「いつか帰りたい」と現実的に願うことができる
自分は幸せなのだなと思った。

それこそ船で来ていた時代の人にとって
日本までの距離はものすごくあったことだろうし。
今のように、インターネットや国際電話さえない時代に
やって来た人は、Isseiになろうが、日本に帰ろうが
やっぱりすごいサバイバーだと思い返した。



人気blogランキングに登録しています。クリックよろしくお願いします。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
あぁ、確かに今の時代、アメリカと日本を行き来するのなんてなんでもないという感じがします。私も、しばらくはこっちで働いてキャリア積みたいけど、子供が中学生ぐらいになったら帰ろっかなーとか考えてました。でも昔の人は皆、「一生帰れないかもしれない」というリスクを負って来てたわけですよね。。。。

ところで、本文とは関係ないんですけど、よろしかったらこのブログによくいらっしゃる方のリンク集を作っていただけません?他のプロバイダからいらしている方だとリンクが貼られないので、興味があっても遊びにいけないんですよね。よろしくお願いしまーす。
るり
2005/08/05 12:08
私の曾祖父は1900年に横浜港からハワイへ渡っています。後年、日本に戻り、そのまま広島県で永眠しました。正確にはimmigrantは「永住を目的とした外国からの移住者」という意味なので、曾祖父はイミグラント(移民)したのではなく、「出稼ぎ」に行ったわけです。ほとんどの日本人移民は「出稼ぎ」でしたが、結果、失敗して帰国する者、帰国する金もできない者、永住を決意する者など、いろいろでした。二世が少なくなっている現在、一世、二世、三世、四世という言葉がどれだけ有効かはわかりません。人種間の結婚も多いし。なお、サンフランシスコ・ベイエリアにはNOSEI NETWORKという若い日系人の組織があります。NOSEIというのは世代を越えて日系どうしの世代を超えた連帯を求める意味だそうです。それから、稀ですが、「一世というのは戦前に移民した日本人を指す神聖な言葉であり、排日移民法や差別のない現在に日本から来た日本人は一世を名乗るべきではない」という意見もあります。でも、外国で暮らすのは、ヒロシさんもおっしゃるように、サバイバルですから、堂々と「一世」或いは「新一世」を名乗っていいと私は思います。
asianimprov
2005/08/06 11:03
>るりさん
リンク集ですか。そのうち作ろうと思いますので、もうしばらくお待ちください。

>asianimprovさん
ひいおじい様は歴史上の本当の一世だったのですね。その頃の出稼ぎに行く覚悟というのは相当なものだったのででしょうね、想像ですが。Nosei Networkというのはユニークな視点ですね。「一世」ということばを聖視する考えも、その頃の方々のご苦労をしのべば理解できます。
ヒロシ
2005/08/07 03:03

コメントする help

ニックネーム
本 文
日系人のルームメイト その4 もっと学ぼうニッポン:ブログ時代の日本語学習/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる