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zoom RSS 手書きで書いた卒論

<<   作成日時 : 2005/08/16 11:54   >>

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今ワープロといえば、マイクロソフトオフィスのワードの可能性が最も高いと思う。
少しまえは一太郎だったかもしれない。(大学教員のトホホな日常のT先生も
そんな変遷を書いておられた。)
その前は家電メーカーがこぞって作っていたワープロ専用機だ。

ブログの出てくる遥か前、パソコン通信というものがあって
私もニフティサーブに入っていた。ワープロ専用機のモデムは2400bpsだった。
今とは比べ物にならない。

しかしその頃、卒論を書かなくてはいけなかった私はとても苦しんでいた。
かりにも私の学科は国語学、国文学関係だったので、
「書く」という行為には明治の作家に習って
万年筆で原稿用紙に向かうべしというような考えの先生方が多かったようで。
そのせいで、卒論は手書きでなければいけなかった。同じ学部でも英語関係や、他の学科などでは、ワープロOKなのが多かった。

自慢にならないが私は日本語教師にあってはならないほどに
字は美しさからかけ離れている。「読む先生にも申し訳ない」と思いつつ
必死に手で書いた。正確に言えば、ワープロでプリントアウトしたのを
必死に書き写した。原稿用紙なので、1字間違えるとそのページは
頭からやり直しだ。書いているうちに手首が疲労してきて、間違えやすくなる。
書き間違えたときに、「あっ」と思ってから、無駄にうまくごまかそうとしたりして。
などと余計なことを考えていると間違えてしまう。
とにかく大変だった。

今ではワープロで書かないと受け付けてもらえないと聞く。
もっと早くしてくれればよかったのに。。。。

私の時は、ちょうどワープロがかなり普及して、みんな使っているときだった。
卒論もワープロで出せるようになりつつあったのに、文学系の先生方は
二の足を踏んでいた中途半端な時期だった。

しかしそんな時代の移り変わりを記憶の中にとどめておけるのは
あの苦しかった卒論のおかげだと思っているl。

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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
我が家に1番最初に来たワープロは中古品で今のようなディスプレイはなく、本体に電卓のように1行だけを表示できる液晶が付いてるものでした。それを一本指打法で一生懸命打ち、町内の回報を作っている父親を思い出しました。
国語辞書を片手に(辞書機能がなかった)、それでも「癖字」を気にしていた親父は便利になったと喜んでました。 確かに懐かしい…すみません、ワープロという言葉を見てついコメントを…
トニー
2005/08/17 04:12
あー、わかります。1行だけ表示がでる液晶。ページのレイアウトも一応出るけど想像力をたくましくしないいけないようなやつですね。懐かしいです。
ヒロシ
2005/08/17 22:30
卒論も翻訳を手伝った時も手書きでした。手書きだと書き直せないので、原稿用紙が真っ黒になり、当時の恩師がそれに赤を入れて返してくれたので、最後にはわけのわからない原稿になりました。本は結構売れたので、いまだにほんの少しの印税(年に千円くらい)が入ってきます。ワープロは、何故かマイナーなキャノン製から買ったので、他のメーカーとの互換性が乏しく、ワードにも変換は容易ではなくて、困りました。それでも、事務所ではワープロ専用機を3台買い換えて、それからPCに移行しました。初期のキャノンのワープロは、変換する部分のひらがなをカッコで指定して、それから変換キーを押す方式でした。今から考えると、なんと手間のかかるワープロだったことか。手書きの翻訳原稿は今も残してあります。大切な想い出です。
世捨人
2005/08/26 16:17
ハンドル名を間違えました。世捨人=asianimprovです。
asianimprov
2005/08/26 16:18
すごいですね!卒論が本になったのですか。いずれにしても貴重な原稿ですね。
ヒロシ
2005/08/27 03:13
いえいえ、違います!(笑)卒論は単なる学士の卒論です。その後、大学院に居た時に、恩師から頼まれ、米国で出版された或るシリーズ本の邦訳の一部を手伝ったという意味です。大学院は途中で行くのをやめたので、修士号も持っていません。結局、その本(3冊)を翻訳した事が、当時の私がした唯一の勉強になりました。古い話です。ただ、もし現在、昔訳した部分を改訳できるならば、加筆修整したい部分はいっぱいあります。翻訳という作業は、意味を伝えるだけでなく、その背景にある異文化を翻訳することなので、考えれば考えるほど難しくなります。ヒロシさんが日本語を教えておられる時に感じられることと共通するのではないかと思いますが、どうでしょうか?
asianimprov
2005/08/27 07:19
>asiamimprovさん
あ、これは勘違いを致しました。でも同じくらい大切な原稿ですね。それに3冊も翻訳されたなんて、すごいと思います。「翻訳という作業は、意味を伝えるだけでなく、その背景にある異文化を翻訳すること」は、まさにおっしゃるとおりだと思います。それこそが難しいですね。日本語にしても、用語によってはそれが日本では違うニュアンスがあったり、米国では当たり前だから説明されていないことをそのままにしておくと分からないから日本語にしてからさらに説明を加えたりとかそんなことでしょうか。最近はコンピューターによる翻訳もある程度役に立つようになってきているのでしょうが、人間による翻訳がいつまでも必要だろうなと思います。
ヒロシ
2005/08/27 09:34
日本人には「秋の夜に聞こえる虫の音」といえば「風流」とか「季節感」とかがイメージできますが、アメリカ人には、「虫=Insect, Bug, Beetle」であって、あまり良いイメージの言葉ではないそうですね。日本の古典文学を翻訳した方が、「訳しにくい」と言っておられた記憶があります。ドナルド・キーンさんだったかなあ。
asianimprov
2005/08/27 22:15
そうですね。虫の音は雑音と考えられているらしいことは聞いたことがあります。実際のところ秋というのは足早に過ぎていってしまう気がします。涼しくなったと思ったら、すぐ寒くなるというか、秋らしい秋は短いんですよね。それにコオロギも鈴虫も聞いたことがないんですよね。
ヒロシ
2005/08/28 11:57

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